俺は無口だが手は早かった。
19歳の時、江戸小石川で旗本と口論になり斬ってしまった。そこで親父の友人である吉田某のもとに身を隠しながら吉田道場の師範代を務めたんです。自分で言うのもおかしいが、それほどの腕前なんです。
その後は皆さんご存知のように新選組の副長助勤・三番隊隊長・撃剣師範を務めた。役目がら慶応3年3月、伊東甲子太郎が御陵衛士を結成して新選組を離脱した時、スパイとして御陵衛士に入隊もしました。
新選組に復帰する際に御陵衛士の活動資金を盗んで逃げたと伝わるが、これは金に困って逃げたように見せかけるためなんだ(そんな必要はなかったけどね)。新選組内に「副長助勤斎藤一氏、公用をもって旅行中のところ、本日帰隊、従前通り勤務のこと」と掲示が出たらしいが俺は見ていない。のちに起きた「油小路事件」は、俺が復帰の際にもたらした手土産情報に基づいて実行したものだ。
剣術の方は、またまた自分で言うのもおかしいが、沖田総司、永倉新八と並び新選組最強の剣士の一人であったと世間ではいわれている。
ま、最強の剣士とは嬉しいね。今日はこんなところで失敬するよ。なに、履歴書だって。そんなものに俺は興味ないね。
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