幕末の履歴書-08-

思想家・吉田松陰

 

嘉永7(1854)年、私が24歳のとき2度目のペリー艦隊が来ました。海外の文化に触れたくて、下田に停泊中の軍艦に小舟で乗りつけ「海外に連れて行ってほしい」と頼んでみたんです。しかし、この密航の申し出は当然ですが却下されました。陸に戻り奉行所に理由を言ったところ牢に入れられてしまいます。

しばらくして江戸の牢から長州藩の"野山獄"という牢屋に移されます。何もすることがないので1年間に数百冊の本を読みました。また牢内で黒船への密航を振り返った書籍『幽囚録』も書きました。

翌年免獄となり実家杉家に幽閉の身となりました。そこで"松下村塾"を開き、幕末から明治にかけて活躍した人材の育成もしてます。中には高杉晋作伊藤博文木戸孝允らもおりました。はい、そんなことですから自慢ではありませんが、女体の秘密はまったく存じ上げません。

結果的に50冊以上の著書を書き残してます。安政6(1859)年、29歳のときに"安政の大獄"により江戸で処刑されました。また処刑前日、懲りずに書き上げたのが『留魂録』です。そんなわけで私の履歴書はまったく面白くありませんよ。

✱次回は、幕末の履歴書「幕臣勝海舟」最終回です。